夏の高校野球、岡山大会の決勝戦で最後のプレーが誤審となり、一且「ゲームセット」され、本塁をはさんで両チームの選手が整列しようとした時に、ネット裏の本部席からの指摘を受け、誤審をみとめ再びゲームは続行。結果は、一度負けた高校が執念を見せての逆転勝ちで甲子園へ。
このような極端な事例は少なくとも、他の競技でもミスジャッジはつきもの。学生競技の場合、審判の方々もほとんどがボランティア。大変なご苦労は重々承知。
夏休み中、多くの新チームがスタートする中、このようなケーススタディも念頭に置いておく必要が。もし、誤審・ミスジャッジがあってキャプテンによるアピールを行っても、学生スポーツではほとんど判定が、くつがえすことは稀。選手達以上にスタンドでの保護者は血気盛んに。怒声、罵声を発し、仮に溜飲を下げるような判定になったとしても、そのマナーに、苦虫つぶす関係者が多くなるのが日本人の情緒。後に選手はもちろんも保護者も、関係者から「素晴らしい態度でした」と論じられるのが、まさに人間力の真骨頂か。長い人生の割り切れない一瞬かもしれないが、その後の人生の糧に出来る力量を身につけ、その一瞬に備えておくべきだろうか。